東京高等裁判所 昭和39年(行ケ)129号 判決 1967年6月27日
原告 金田光弘
被告 マンシングウエア・インコーポレーテツド 外一名
主文
原告の請求は、いずれも棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一求めた裁判
原告訴訟代理人は、昭和三九年(行ケ)第一二八号事件につき、「特許庁が、昭和三十九年八月十八日、同庁昭和三七年審判第二、七〇〇号事件についてした審決は、取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする」との判決、昭和三九年(行ケ)第一二九号事件につき、「特許庁が、昭和三九年八月十八日、同庁昭和三七年審判第二、三一五号事件についてした審決は、取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする」との判決を求め、各被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。
第二請求原因
原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。
一 特許庁における手続の経緯
被告レナウン商事株式会社は、昭和三十七年十月八日、被告マンシングウエア・インコーポレーテツドは同年十一月一日、高橋義雄の権利に属する登録第五五一、七五一号、名称「メリヤスシヤツ」の登録実用新案(昭和三十三年五月三十一日株式会社高義において登録出願、昭和三十五年七月九日出願公告、昭和三十六年九月十三日設定登録、のち高橋義雄に移転)につき、それぞれ登録無効の審判を請求(前者は昭和三七年審判第二、三一五号事件、後者は同年審判第二、七〇〇号事件)したところ、昭和三十九年八月十八日、いずれも「右登録実用新案の登録を無効とする」旨の審決があり、前者の審決謄本は同年八月二十六日、後者の審決謄本は同年九月二日、右実用新案権を譲り受け、被請求人の地位を承継した原告に、それぞれ送達された。
二 本件登録実用新案の要旨
別紙図面に示すように、襟ぐりから脇へおろした斜線を袖付としたメリヤス編本体に、あぜ編で段目を横にして扁平横長菱形状に編成したまち片4を中央幅広部で縦に二つ折して横の剣先の一方を身頃1の乳上部3に、他方を後身頃1′の肩骨部3′に中央幅広折部を脇線上に位置させて側辺を縫着すると共に、身頃脇下に縫着線に連続して外方に膨出した逃し6を形成し、前記身頃の乳上部3から肩骨部3′に亘り、かつ、まち片4の他側に亘つてメリヤス編の袖2を縫着すると共に、袖の付根に縫着線に連続して外方に膨出した逃し7を形成して成るメリヤスシヤツの構造。
三 本件審決理由の要点
審決は、本件登録実用新案の要旨を前項掲記のとおり認定したうえ、そのうち「身頃脇下に前後身頃1、1′とまち片4との縫着線に連続して外方に膨出した逃し6を、また、袖の付根に、袖2とまち片4との縫着線に連続して外方に膨出した逃し7を形成した」点は、このように、シヤツの脇下部の損傷を防止するため、袖付縁を特殊の形状に裁断して縫着し、脇下に膨出部すなわち逃しを形成することは、本件登録実用新案の登録出願前きわめて普通に知られており(たとえば、大正十一年十一月二十一日公告の実用新案公告第二、七三四号公報、昭和三十年八月五日公告の特許出願公告昭三〇―第五、四二六号公報、大正十一年八月二十五日公告の登録実用新案第六五、七三七号公報、同年十二月二十五日公告の実用新案公告第三、八一九号公報に記載)、その余の構造は、本件登録実用新案の登録出願前である昭和二十六年九月十四日特許庁資料館受入れの米国特許第二、五五四、三八〇号明細書に記載されているものと同一である。もつとも、本件登録実用新案におけるように、逃しをまち片と身頃と袖との各縫着線に連続して設けた構造そのものズバリが引用例のいずれにも記載されてはいないが、上記の公知事実が存する以上、この点に格別考案力を要するものとは認められない、また、前掲各引用公報には、身頃と袖との縫着線に連続して形成された脇下の余裕(膨らみ)により、挙手動作に当り、脇下部の引きつることがない旨記載されており、かつ、そのような作用効果のあることを認めることができるし、本件登録実用新案の説明書に記載された作用効果にしても、前記各公知技術のもつ作用効果の総和を出ないから、結局、本件登録実用新案は、前記の公知技術を単に寄せ集めて当業者が容易に案出できる程度のもので、旧実用新案法(大正十年法律第九十七号)第一条にいう考案を構成しないものと認められ、したがつて、その登録は、同法第十六条第一項第一号の規定により、これを無効とすべきものである、としている。
四 本件審決を取り消すべき事由
本件審決は、次の点において違法である。
(一) 本件審決は、前項掲記のとおり、「シヤツの脇下部の損傷を防止するため、袖付縁を特殊の形状に裁断して縫着し、脇下に膨出部すなわち逃しを形成することも本件実用新案の登録出願前きわめて普通に知られている」として、その例として、登録実用新案公告第二、七三四号の公報ほか三つの公報を挙げているが、そのうち登録実用新案第六五、七三七号公報及び実用新案公告第三、八一九号公報については、予じめ通知がなく、意見書提出の機会が与えられていない。本件審決は、引用例の全部につき意見書提出の機会を与えなかつた点において、実用新案法第四十一条によつて準用される特許法第百五十三条第二項の規定に違反してされたもので、違法たるを免かれない。
(二) 仮にそうでないとしても、本件登録実用新案は、審決認定のように、「公知技術を単に寄せ集めて当業者が容易に案出できる程度のもの」ではなく、本件審決には、各引用例との関係において、本件登録実用新案の技術的判断を誤つた違法がある。以下、これを詳述する。
本件登録実用新案は、ラグラン袖のメリヤスシヤツの改良を意図した考案であり、要約すれば、「余裕」と「それの逃し」の二段構えの構成を有し、「逃し」は間接的に働いて、いわゆる内助の功的役目をしてメリヤスシヤツを着易くしつつ、その脇下部分を堅牢にしているという全体に寄与しているに対し、本件審決が挙げた前掲各引用例には、このような構成あるいは工夫について記載がなく、それらが意図しているものは、単なる「余裕」であり、しかも、各引用例の構成を組み合せることは技術的に不可能ないしは著しく困難で、商品にならないものであるから、これらの公知例から本件登録実用新案が容易に案出できるものではない。審決は、身頃との間の脇に何か余裕を持たせたというような抽象的概念をもつて、本件登録実用新案の考案内容を把握しているようであるが、本件登録実用新案は、このような概念的の余裕をもつて考案の構成要素としているものではない。すなわち、本件登録実用新案は、シヤツの脇下部の損傷を防止するためにのみ工夫したものではなく、ラグラン袖のメリヤスシヤツの特徴を保持しながら、そのもつ欠点を防止するため、「まち片」と「逃し」との二段構えの構成を案出したものであり、「逃し」は単なる「余裕」ではない。従来のラグラン袖は、身頃の襟ぐりから脇へおろした斜めの線を袖付としているので、身頃の肩山に縫目がないこと、袖付がたつぷりしていて着るとき窮屈さがなく、着易いという長所がある反面、袖付が多い(袖付をつける部分が長い)ため、腕の動作が抑制され、腕を高く上げたりする際に脇下に無理が生じ、袖の付根における縫目がほつれるという避け難い欠点があるが、本件登録実用新案は、このような欠点を十分に改良したメリヤスシヤツである。すなわち、前掲要旨記載のように、前後の身頃1及び1′とラグラン袖2との間に、あぜ編で段目(すなわち、うね)を横にして横長菱形状に編成したまち4を、中央幅広部で縦二つ折にし、幅広部を脇下に位置させ、剣先部の一方を身頃の乳上部3に、他方を肩上部3′に位置させて縫着介在させたので、着用の際は腕が通り易く、かつ、たつぷりとした袖付により腕下等が楽で着心地がよいとともに、作動時は、このまち片4の細長菱形状のあぜ編の段目が袖と身頃間において拡がつたり、閉じたり、よく伸縮し、この際、まち片4と身頃及び袖との縫着線に接続して外方に膨出して設けられた身頃脇下の逃し6と袖付根の逃し7とが、まち片4の拡がりに応じて共に開き、動作を十分に助長し、まち片4の拡がりによる抵抗が身頃等に及ぶのを逃がすとともに、まち片4の伸びによる疲労を防止して最もほつれ易い脇下部分を堅牢ならしめるものである。このように、逃し6及び7は、単なる余裕ではなく、まち片の作用を十分に発揮させる脇役的主役をなすものである。本件登録実用新案のメリヤスシヤツにおいて、腕を上げたりする場合、通常ならばその動作が抑制されるところを抑制されないように余裕を持たせるのはまち片自身であり、まち片が身頃と袖との間において伸縮し、伸びては動作し易いよう余裕をこしらえ、縮んではそのメリヤスシヤツに不体裁なたるみを示さないよう、あぜ編の伸縮自在な特徴と細長菱形の形状の特徴を相結合させているのである。このまち片の伸縮挙動がもし過激にわたれば、その伸縮性は、疲労によつて失われるが、これをさせないようにするのが逃し6、7である。いま、まち片が引張られて、ぎりぎり限度以上に伸長しようとすると、逃しが共に開いて、まち片の開きを抑制し、身頃や袖への有害な波及を防ぎ、かつ、まち片の開きがそ限度内であつても、逃しは常にまち片の挙動を適度に調整し、その疲労を防止するものである。かくして、「まち片の疲労による伸びを防止して、最もほつれやすい脇下部分を堅牢ならしめるのである(本件実用新案公報一頁実用新案の説明)。このように、「逃し」は「余裕」ではない。前掲米国特許明細書のメリヤスシヤツにおいて、まち片は余裕であり、これがあるので腕を上げたり、伸ばしたりするとき、まち片の余裕で身頃などが引張られることによる圧迫感を防止する作用がある。「逃し」はまち片の終り、身頃と袖との縫着線に接続して外方に膨出して形成されているもので、まち片が腕などの運動により伸長され、それが極点に達しないときに、共に開いて、まち片の終り部に及ぼされる引張りを逃す作用をする特徴を発揮するものである。この点逃しは小さくてよいし、また、これが大きくては商品にならない。要するに、余裕であるまち片の緊張を緩和する役目と働きをするのが「逃し」であり、まち片の挙措と相協働して不可欠にして密接な作動をするものである。また、まち片はあぜ編でできており、伸縮性の大きいものであり、これに対して、身頃はメリヤス編ではあるが、まち片より伸縮性が乏しく、そこにアンバランスがある。この身頃部や袖部の局所にまち片の挙措能力を与えて、まち片と身頃部や袖部との縫着部における上述の有害な引張作用等を事前に、しかも、円滑に逃してゆく作動を「逃し」はするものである。
本件審決は、前記のとおり、本件登録実用新案におけるように、シヤツの脇下部の損傷を防止するため、袖付縁を特殊の形状に裁断して縫着し、脇下に膨出部、すなわち逃しを形成することは、審決挙示の各引用例に記載されている、としているが、本件登録実用新案とこれら引用例とは明らかに相違する。以下、便宜上、本件登録実用新案をA、前掲米国特許明細書をa、同実用新案公告第二、七三四号公報をb出願公告公報をc、登録実用新案第六五、七三七号公報をd、実用新案公告第三、八一九号公報をeとして、その比較を試みる。
(イ) Aとbとの比較
(1) Aはメリヤスシヤツに関するものであり、bは学校生徒服に関するものである。
(2) Aは洋裁法に則つたラグラン袖仕立であり、その袖付は、身頃、袖ともに斜線であるが、bは洋裁法には見られない、ずんどう形仕立てであり、身頃の袖付は、肩山から脇下までが垂直で、脇下に截欠を水平に入れ、袖付は、袖山から付片に至るまでが垂直で、それに続いて付片の上辺から端片にわたる└┐状とし、これによつて余裕が生ずる。
(3) Aは、斜線の身頃と袖付間に、あぜ編で段目を横にして扁平横長菱形状に編成したまち片を中央幅広部で縦に二つ折して横の剣先の一方を前身頃の乳上部に、他方を後身頃の肩骨部に中央幅広折部を脇線上に位置させて截着しているもので、作動時は、このまち片4の細長菱形状のあぜ編の段目が、袖と身頃間において、あたかもアコデイオンのひだのように、あるいは拡がり、あるいは閉じ、よく伸縮し、と説明されているように、これが余裕となつている。したがつて、身頃袖付基部の截欠部の上辺と下辺間に袖の付根に突設した矩形の付片を嵌め込み、これにより生じただぶつきを余裕としているbとは、その点の構造において、著しい相違を有する。
(4) Aは、まち片4の身頃側の縫着線に連続して逃し6、7を形成して前記のようなまち片に対する調整作用をしているが、bにはこのような逃しは全くない。
(5) bは、ずんどうの身頃の垂直の袖付脇下を内側に水平に截欠し、その上辺と下辺に袖付を垂直とした袖の付根に突設した付片を嵌め込んで、その上辺と側辺とを縫着したものであるから、袖付線と脇線は垂直になり、扁平にすると、身頃脇下に袖の付片が身頃側に喰い込んでだぶつくので、これが一見余裕のように見られるが、着用すると、その袖付は和服用じゆばんのように、腕の付根より遙かに下方となり、身頃の部分が胸の厚さにより拡がると、付片は前後に展張され、胸の厚さに応じて腕の内側に当接し、腕の作動時に、身頃截欠部と付片との縫合部分が強く緊張させることになり、余裕を生ずる余地はなく、bのものは、余裕をすら生ずることのできないものである。いわんや、Aの逃しの構造も工夫も示されていない。
(6) ラグラン袖は、袖の上部が襟ぐりの一部を形成し、袖付は斜線であるから、bの袖の└┐状の袖付は縫着しようがなく、したがつて、このような構造をAに施す余地はない。仮にAとbとを結合しても、Aの特定の構造とはなりえない。すなわち、bはAにおける特定の構造と作用効果を有する逃しの構造を全く具えないばかりか、そのような考案を示唆する何ものをも有しないのである。
(ロ) Aとcとの比較
(1) cは、メリヤスシヤツでない上衣に関するものである。
(2) Aはラグラン袖で袖の上方が襟ぐりの一部を形成するとともに、袖付は身頃袖付とともに斜線であるが、cは襟ぐりは身頃のみに設けられ、身頃の袖付は普通であり、袖の袖付は斜めではない。
(3) Aはまち片によつて余裕を生ずるものであるが、cは袖が片身ずつ異る特殊の形状等によつて余裕を生じようとするもので、両者は、構造、作用効果において大差がある。しかもcにおいては、その余裕すら十分でない。cにおいては、背面の膨みと余裕により、腕の前上方あるいは側上方の運動には、ある程度ついてゆくが、袖付前面には余裕がないから、腕を後方に、あるいは、胸をそらせる運動にはついてゆけない。さらに、伸縮は前後とも望めず、通気孔を兼ねた段部は、身頃と袖との連続を前後身頃の袖付下端間においてのみ断つから前後身頃の袖付縫止りは局部的に集中されて引張りを強く受け、この抵抗を身頃に及ぼすので、袖に対しては余裕となつても、前後身頃の袖付基部に対しては余裕とならない。
(4) Aのラグラン袖は、その上部が襟ぐりの一部を形成し、袖付は斜線であるから、これにはcの袖の片身ずつ異る特殊形状や、複雑な袖の形状と相まつて構成する袖付は縫着しようがなく、したがつて、このような袖付をaに施す余地はない。仮にa、cを結びつけようとしても、Aの特定の構造にならない。すなわちcは、Aにおける逃しの構造を全然具備しないし、そのような考案を示唆する何ものをも有しない。
(ハ) Aとdの比較
(1) dは運動服であり、Aとは対象を異にする。
(2) Aの袖の上部は襟ぐりの一部を形成し、かつ、袖付は身頃、袖ともに斜線であるが、dの身頃の袖付は垂直である。
(3) dは、袖付の脇下を下方に三角状に突出させ、これを身頃の垂直の袖付に縫着させるのであるから、三角状の取付部分だけのたるみが袖の方に波を打つて生じ、これを余裕とするものであり、まち片を余裕とするAとは、余裕の構成において大差がある。
(4) Aは、前記のとおり、その余裕の上に、まち片による余裕をよりよく発揮させ、かつ、まち片の疲労を防止して、永く着用感のよい逃しを形成するよう工夫されているが、dにはこのような構造も思想も全く存在しない。
(5) dは、袖自体は、この余裕の範囲内での引張りは避けられるにしても、その反面、前記三角状の突出によりその分だけ袖付線が長くなり、脇下がだぶつき、身体になじまず、かつ、袖付が長いので肩で引張られる傾向があり、身頃は、さらに強く引張られるようになる。すなわち、ラグラン袖における袖付の大きいことによつて生ずる欠点がここでも現われ、また、身頃の袖付のため見苦しい波形が袖に生じ商品価値をそこなう。
(6) dは、Aが改良の目標とした問題点に戻る構造に他ならず、ことに│形の袖付は、肩から脇へ斜におろされた袖付につけられないから、Aの構造とは、いよいよ関係のないものである。
(ニ) Aとeの比較
(1) eは学校生徒服である点で、Aと対象を異にする。
(2) Aは、まち片で余裕を生じさせるに対し、eは、胴の袖付部を切欠いてあり、かつ、袖は、垂直の袖付である。
(3) eは、胴の袖付部をL状とし、これに袖付が垂直な袖を取り付けたので、胴のL状の袖付の横辺に縫着した袖の付根が脇下で身頃上に折り重なるため、扁平にしたときは脇下に余裕があるように見られるが、着用すると、この余裕のようなものは、胴は胸の厚みに応じ、また、袖は腕の太さに応じて、それぞれ拡がるから、L状袖付の横辺は、脇下で前後に展張され、腕部に当接してしまい、実質的に何ら余裕とならないばかりか、腕の作動時の引張りは、身頃の袖付のL状の角部に集中し、その縫目部分からの傷みが生ずるものである。
(4) eにはAにおけるまち片による余裕を調整する逃しの思想は直接的にも間接的にも示されていないし、eをaに結びつけてAのようにしようとするというような結びつきの技術は決して浮んでこないのである。しいてこれらを関係づけようとしても、bについて述べたように、袖付が不可能である。結局eも審決で引用した部分はAと目的、構造、作用効果等において著しく相違し、かつ、Aを引き出す技術的手段を何ら有しないものである。
第三各被告の答弁
昭和三九年(行ケ)第一二八号事件について。
被告訴訟代理人は、答弁として、次のとおり述べた。
原告主張の事実中、本件に関する特許庁における手続の経緯、本件登録実用新案の要旨及び本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。本件審決は正当であり、原告主張のような違法はない。
原告は、本件審決は引用例の一部につき意見書提出の機会を与えたが、その全部についてそうしなかつた点において違法である旨主張するが、参考例につき意見書提出の機会を与えなかつたとしても何ら違法ではない(東京高等裁判所昭和二十六年五月十九日言渡の昭和二十五年(行ナ)第七号事件判決参照)。本件審判手続においては、外方膨出部については、原告も認めるとおり、予じめ、引用例二件につき意見書を求め、審決において該膨出部に関する同趣旨の参考例までも丁寧に、念のため列記したにすぎないから、これを違法とする何らの根拠はない。
また、原告は、本件登録実用新案と審決が挙げた例との差異なるものを事こまかに論じ立てているが、原告のいうb及びcの例には、審決において十分説明され、原告自身も認めているように、「たぶつき部分」、「膨み部分」又は「たるみ部分」と表現されるような外方膨出部が明示されており、この外方膨出部が、いわゆる「余裕」の機能をもつことは明らかである。原告は、この「余裕」は、本件登録実用新案のまち片4による「余裕」とは構造上異り、また、「逃し」とも違うと詭弁を展開しているが、審決挙示の引用例に脇下の外方膨出部が明示されており、しかも、その作用は、腕を上方に高く上げた際に脇下に自由度を与え、その引きつれをなくすものである以上、まさに前記「余裕」そのものであることは明白であり、原告のいう「逃し」は結局、「余裕」と何ら異るものではなく、したがつて、前掲米国特許第二、五五四、三八〇号明細書(原告のいう「a」)により、まち片による余裕が明示され、かつ、原告のいうb及びcにより外方膨出部による余裕が明示されている以上、本件審決には審理不尽も事実誤認もない。原告は、まち片4の採用及びその作用効果をあたかも本件登録実用新案の考案によるもののように主張しているが、これは従来公知の前掲米国特許明細書に明示されている構造、作用、効果に他ならない。また、原告自身「まち片4と身頃及び袖との縫着線に接続して外方に膨出して設けられた身頃脇下の逃し6と袖付根の逃し7」と述べているように、この逃し6、7とは、まち片と身頃及び袖との縫着線に接続して形成させた身頃及び袖の外方膨出部をいうのであり、その作用効果は、原告が引用するように、「まち片4の拡がりに応じて共に開き、動作を十分に助長し、同時に、まち片4の拡がりによる抵抗が身頃及び袖に及ぶのを逃がすとともに、まち片の伸びによる疲労を防止して、最もほつれ易い脇下部分を堅牢ならしめるものである」という本件登録実用新案の公報記載の点につきることは、いうまでもない。換言すれば、あぜ編(ゴム編)のまち片4を脇下に縫着介在させた構造だけでは、なお、腕を上方に高く上げた時、すなわち、まち片4が最も拡がつた時に抵抗が身頃等に及び、しかも、このように、まち片4がそのあぜ編の最大伸度まで伸ばされることが反覆されると、まち片が疲労することになるので、まち片のほかに、身頃及び袖に外方膨出部6、7を設けたのである。したがつて、外方膨出部の働きは、また片4の伸長による余裕だけでは足りない分を補うものにすぎず、「逃し」などと、あたかも、いわゆる「余裕」とは全く異つた作用効果があるかのように表現しているが、まち片4の作用を「余裕」と呼ぶならば、この「逃し」なるものの作用も結局「余裕」以外の何物でもないのである。このことは、従来のまち片のないラグラン袖の作用と、まち片を具えたラグラン袖の作用とを比較してみれば、おのずから明らかである。すなわち、「従来のラグラン袖では、腕を高く上げる際に、脇下に無理が生じ、袖の付根における縫目がほつれやすいが、ゴム編のまち片を入れれば、このまち片が拡がることによつて脇下の無理が身頃等に及ぶのを逃がすことができる」のである。このように、原告が「余裕」として説明しているまち片の働きは、実は、「逃し」に他ならず、要するに「余裕」と「逃し」とは全く同種の働きである。
昭和三九年(行ケ)第一二九号事件について。
被告訴訟代理人は、答弁として、次のとおり述べた。
原告主張の事実中、本件に関する特許庁における手続の経緯、本件登録実用新案の要旨及び本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。本件審決は正当であり、原告主張のような違法はない。
原告は、意見申立の機会が与えられなかつた本件審決は違法であると主張するが、本件については、昭和三十九年五月二十八日付通知書により意見書提出の機会は与えられている。通知書に記載されなかつた原告主張の二つの公報は、審決も、「その他参考のために挙げるならば」と前置きしているとおり、あくまで参考のために挙げたものであり、その他の引用例が通知されている以上、当然実質的に意見書提出の機会は与えられているのである。原告の非難は当らない。
原告は、本件登録実用新案は、メリヤスシヤツに関する考案であり、かつ、ラグラン袖の改良を意図したものであると主張するが、審決引用の米国特許第二、五五四、三八〇号明細書に示されたものもラグラン型である。しかして、本件登録実用新案のうち前半の部分、すなわち、「襟ぐりから脇へおろした斜線を袖付としたメリヤス編本体に、あぜ編で段目を横にして扁平横長菱形状に編成したまち片4を中央幅広折部で縦に二つ折りして横の剣先の一方を身頃1の乳上部3に、他方を後身頃1′の肩骨部3′に中央幅広部を脇線上に位置させて側辺を縫着し、前記身頃の乳上部3から肩部を経て肩骨部3′に亘り、かつ、まち片4の他側に亘つてメリヤス編の袖2を縫着し」た構造部分は、前掲米国特許明細書に記載されたものと同一であることは、審決認定のとおりであり、また、原告も格別争わないところであるが、その余の構造についても、実質的には、右明細書に記載されているものである。本件登録実用新案における「逃し」なるものは「膨み部」に相違なく、このことは、本件登録実用新案の説明及び登録請求の範囲に「膨出した逃し」と記載されているところからも明らかであるが、前掲米国特許明細書のものにも、はつきりと、この「逃し」が表現されており、その作用効果についても本件メリヤスシヤツと同じものが各所に記載してある。ただ、右明細書には、膨み(逃し)部分の説明が厳密には表現されていないので、審決は、それが公知事実であることを説示しているのである。
また、原告は、本件登録実用新案と審決があげた各引用例(原告のいうb~e)の構造とを逐一比較し、その作用効果が異ることを述べているが、本件審決の趣旨は、それら各個が考案の構成上、同一か類似かということを審判したのではなく、要は、「袖付縁を特殊の形状に裁断して縫着し、脇下に膨出部、すなわち、逃しを形成すること」が本件出願前きわめて普通に知られている旨を証するためにこれを引用したものであるから、これら各引用例には、まち片はなくてもよいし、また、各引用例がラグラン型と構造、作用を異にするといつても、採用できないものである。要するに、本件登録実用新案は、前掲各引用例において「逃し」の構造が明示されているのであるから、これと前掲米国特許明細書の公知技術を寄せ集めて当業者が何らの考案力を要せずに案出しえられるものであり、本件審決には事実誤認ないしは技術的判断の誤りはない。
第四証拠関係<省略>
理由
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における各手続の経緯、本件登録実用新案の要旨及び各審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは、関係当事者間に、それぞれ争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 原告は、まず、引用例の全部につき予じめ意見書提出の機会を与えなかつたから、本件審決は違法である旨主張する。しかしながら、成立に争いのない甲第一号証(本件審決謄本)によれば、本件各審判手続において、審判長は、昭和三十九年五月二十八日付通知書をもつて、「およそシヤツその他の下衣類において、脇下部の損傷を防止するため、袖付縁を特殊の形状に裁断して縫着し、脇下部に膨出部すなわち逃しを設けることは、本件登録実用新案の登録出願前国内において、きわめて普通に知られており、たとえば、大正十一年十一月二十一日公告の実用新案公告第二、七三四号公報、同年八月二十五日登録の登録実用新案第五七五、七三七号(第六五、七三七号の誤記か)公報、昭和三十年八月五日公告の同年特許出願公告第五、四二六号公報にも記載されている。結局本件登録実用新案は、右公知事実と、米国特許第二、五五四、三八〇号明細書記載の公知事実に基づいて当業者が容易に案出できる程度のもので、旧実用新案法第一条の考案を構成しないものと認める」旨を関係当事者に通知したこと及び本件審決は、右第一の公知事実の参考例として、原告主張の二つの公報を、すでに前掲通知書に示した公報のほかに掲記したものであることが明らかである(この事実は原告において自認するところでもある。)から、原告の前示主張は理由がない。けだし、審決の理由の一つとなつた右公知事実について、すでに意見書提出の機会を与えた以上、その公知例として参考のために挙げた公報の全部については、その機会を与えなかつたとしても、形式上違法といえないことは勿論、実質的にも、いささかも不当と非難することはできないからである。
しかして、当事者間に争いのない本件登録実用新案の要旨と成立に争いのない甲第八号証(昭和三七年(行ケ)第一二九号事件の乙第一号証)及び成立に争いのない甲第九号証から第十二号証によつて認めうべき「シヤツ等の下衣類において、脇下部の損傷等を防止するため、袖付縁を特殊の形状に裁断縫着して脇下部に膨出部を設けることは、本件登録実用新案の出願前国内において普通に知られていた」事実並びに本件口頭弁論の全趣旨とを対比考察すると、本件登録実用新案は、その出願前国内公知の文献である米国特許第二、五五四、三八〇号明細書記載の事実及びその出願前、国内において知られていた右事実とに基づいて、当業者が容易に案出することができる程度のものであると認めるを相当とし、これを左右するに足る証拠資料はない。
原告は、この点に関し、本件登録実用新案における「逃し6、7」は、その構造及び作用効果において、前記公知事実における膨出部からもたらす「余裕」とは異る旨力説強調する。しかしながら、成立に争いのない甲第二号証(本件登録実用新案公報)によれば、本件登録実用新案における「逃し」は、まち片4と身頃及び袖との縫着線に接続して外方に僅かに膨出して身頃脇下及び袖の付根に設けられるものであること、そして、この膨出部により、まち片4の拡がりに応じて共に開き、動作を十分に助長し、同時に、まち片4の拡がりにより抵抗が身頃、袖に及ぶのを逃がすとともに、まち片の伸びによる疲労を防止して、シヤツ等において最もつれ易い(損傷し易い)脇下部を堅牢ならしめるという作用効果を得ようとするものであることを認めうべく、このような構造と作用効果とは、前掲各公知事実の構造及びこれらのもたらす伸長のための「余裕」とほとんど異るところはないものといわざるをえない。すなわち、本件登録実用新案において「逃し」と呼ばれるものの構造上及び作用効果上の実質は、外方に膨出した部分により、まち片と相まち、身頃脇下及び袖の付根に作動を即応しうる「余裕」を生ぜしめ、もつて、着易さと該部分の疲労の防止に役立てるにあるものと理解するほかはない。原告は、「逃し」の機能を表現すべく、「本件登録実用新案においては、まち片による余裕とそれの逃しの二段構えの構成を有し、逃しは間接的に働いて、内助の功的役目をし………」とか「逃しは、まち片の作用を十分に発揮させる脇役的主役をなすものである」とかいう説明を試みるが、これらの説明自体からも、いわゆる逃しが、まち片と協動して、当該部分に全体として「余裕」をもたらすものであることが窺えるのではあるまいか。これを要するに、原告の詳細な主張にかかわらず、本件登録実用新案における「逃し」が、原告の主張するように、審決引用の公知事実における「余裕」とは、その構造及び作用効果において全く別異のものであるという事実は、ついにこれを肯認しえないのである。
(むすび)
三 以上説示のとおりであるから、その主張の違法のあることを理由に本件各審決の取消を求める原告の本訴請求は、いずれも理由がないものというほかはない。
よつて、原告の本訴各請求は、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 三宅正雄 影山勇 荒木秀一)
別紙
第1図<省略>
第2図<省略>
第3図<省略>
第4図<省略>
第5図<省略>